2015年2月13日金曜日

満たされないからこそ

満たされないからこそ、そこに協働する価値や分業(ビジネス)が起こると思います。
何が満たされていないかは別として、満たされていないものを満たしてくれるサービスや商品、満たすための時間をつくるために何かを替わってくれるものなどもこれに含まれます。

コーヒーという飲み物やカフェという場所もまたそうなはずです。

誰かの満たされなかった何かを満たす一部となり、ここに友達や仲間と来なければ、話さなければ生まれなかった感情や時間だってあったと思いたい。

要はちょっとだけ元気湧くよってなものをコーヒーやお店で表現したいです。

ひるがえって僕は満たされているのか、満たされていないのか考えました。

まだ、満たされていないのです。
今日はお客様のほとんどがサラリーマンで昔の自分を見るような気持ちになっていました。会社員を辞めるの日に先輩が開いてくれた送別会は居心地の悪さから早く逃げたい気持ちでいっぱいだったのを思い出しました。
「どんなに理想を語ろうと、僕はそこから逃げた。」と思われているのがたまらなく悔しかった。だから見返してやろうと気持ちでスタートした。どこかコンプレックスを力に変えやってきた。でも、それよりも楽しさや自分への期待のが大きくなっていきそいつは鳴りを潜めていてくれていたのだが、今日また出てきてしまった。
僕はまだ、満たされてはいなかったのだ。

 見返してやりたいと今でも思っているのだ。
満たされていない僕を満たすのは何か。
満たされていない自分がいるということをさらけ出すことがまず、できることかな。

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